このくにのかたち(物理)

まちづくりやインフラの観点から日本について考察したい人間の雑記

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【読書録】ネットは社会を分断しない

今回紹介する本はこちら.

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「ネットは社会を分断しない」(田中辰雄・浜屋敏,角川新書,2019.10.10初版

 

 あなたは世の中のニュースをどうやって情報収集しているだろうか.

 私は普段,テレビや新聞はほとんど見ない.朝と夜に時間が合えばNHKを見るくらいだ.世の中のニュースはTwitterやニュースアプリで主に情報収集している.
テレビで興味のないニュース(スポーツ,芸能etc...)にも時間を費やすのは苦痛だ.新聞に至っては購読料がかかるわ,荷物にすれば嵩張るわ,読もうとすれば場所をとるわでメリットを見出すことが難しいくらいだと思っている.

 だが,この情報収集の仕方は健全なのかと,ふと疑問に思うことがしばしばある.Twitterでは自分の考えに近い人をフォローしがちだし,ニュースアプリでは自分の興味のある記事ばかりを選んで読んでしまいがちだ.自分の得る情報に偏りが出てしまうのではないか,そしてそれが自分に偏った思想を植え付けることになるのではないかと,不安に思うことがある.

 そしてその不安を加速させるのが,Twitterで見かける政治や思想に関する議論だ.Twitter上では,いわゆる「右翼」と「左翼」の過激な意見が飛び交い,互いを論破しようとしている.これらはたいてい建設的な議論ではなく,論点が噛み合わずに誹謗中傷のやりとりとなっている.こうした議論を見ているうちに,自分の思想も偏った,不寛容なものとなってしまうのではないかと思わせる.

 近年,社会的な対立は深刻化しているように思える.世界においてはアメリカでのトランプ大統領の登場や,イギリスのBrexitEU諸国の右翼政党の台頭など,各国内を二分するような議論を巻き起こした事例に事欠かない.
 日本国内においては,憲法9条原子力発電,モリカケ問題などが記憶に新しいだろうか.

 なぜ近年こうした対立が多いのか?これらの対立の根底にあるのは,前述のTwitterでの議論のように,人々がネットを使って情報を入手・発信することができるようになったことの結果なのだろうか? ネットは人々の意見を過激化するのか? つまり,ネットは社会を分断させてしまうのか?――この疑問に答えようとするのが本書である.

 

【要約】

 「ネットによって社会は分断されていくのではないか」という悲観論がある.この悲観論が事実かどうか調べるために,筆者らは10万人規模のアンケート調査を実施した.アンケート調査からわかったのは,①ネットで接する相手の4割は自分の意見と反対の意見の持ち主であり,人々はむしろネットを使うほど穏健化する傾向にあること,②ネットは偏った過剰な意見が閲覧されやすい特性があり,真の世論を反映していないこと.――つまり,「ネットは社会を分断しない」という事実が明らかになった.(228字)

 

【構成】

第1章:分極化の進行について
 ・ネットで見られる不毛な言い争い
 ・米国や日本で示唆される分極化の進行
 ・ネット原因説の登場

第2章:ネット原因説の根拠について
 ・選択的接触:人が情報に接するとき,自分の考えに近い情報を選ぶこと
  →エコーチェンバー(残響部屋)現象が起こり,過激化する懸念
 ・パーソナルメディア化:新規参入コストが低く個人でも情報発信が可能
  →既存のメディアよりも極端な主張が行われやすい
 ・ネット利用者は非利用者より分極化している

第3章:ネット原因説との矛盾
 ・日・米ともに,分断が進んでいるのはネットを使わない中高年

第4章:ネットは社会を分断していない
 ・元々強い主張を持っている人がネットメディアを利用している(因果が逆)
 ・ネットの利用により過激化するわけではない
 ・むしろネット利用後には穏健化する傾向にある(特に若年層)
 ・元々強い意見の持ち主だった人がTwitterを使った場合にのみ過激化する傾向

第5章:選択的接触の真実
 ・ネットで接触する相手の約4割は自分と反対の意見を持つ人である
  →エコーチェンバーは起こりそうにない
 ・選択的接触はテレビ・新聞の方がやや強い
  →テレビ・新聞と異なり,ネットでは反対意見もノーコストで取得可能なため
 ・両側の意見を聞くと穏健化する

第6章:ネットで見える世論と真の世論
 ・ネットでないなら,何が社会を分断しているかについては議論しない
 ・閲覧される意見が偏っているため,ネットでは極端な意見が目立つ
  →ネットで見える世論は真の世論ではない

【感想】

 本書は10万人規模のアンケート調査の結果をもとにした計量分析と,既存の研究結果から「ネットは社会を分断するか」という命題にアプローチしている.構成はさながら論文のようで,分析の手法を専門的になりすぎない範囲で明示しつつ,データ分析から導き出される結果に基づいて論が構築されていく.結論ありきではなく,結論がわからないところからスタートし,分析や考察の妥当性を,想定される反論についても慎重に検討をした上で結論を導き出した雰囲気が伝わってきて非常に好印象だった.

 導き出された結論はタイトルの通り「ネットは社会を分断しない」だ.第2章を読んでいたあたりでは,ここから何がどうなれば「社会を分断しない」結論に導かれるのかハラハラしていたが,読み終われば見事に一貫した論となっており,「社会を分断しない」という事実を受け入れざるを得ない.

 気になった点としては,本書内でも指摘されていたが,ネットメディアの種類によって異なる結果が得られている箇所があり,その部分の検討については今後の研究に期待したい.

 また,気を付けなければならないのは,ネットが原因ではないにせよ,社会の分断は起きていることが示唆されている点だ.ネットの世論が実際の世論と異なることには十分に注意しつつ,その点を踏まえて今後もネットメディアを賢く利用していきたい.

 

【印象的だったフレーズ】

 これに対し,ネットメディアは新規参入のハードルが非常に低い.ブログを立ち上げれば論理的には世界中の人に配信が可能であるし,YouTubeでの配信,あるいはツイッターでつぶやいても世界に届く.(中略)
 そして,メディアのパーソナル化の帰結は,新規参入メディアが増え,その結果政治的に極端な主張を行うメディアがたくさん現れたことである.(p.60)

  私は基本的に,従来の大手マスメディアに猜疑心があった.一方的に情報を発信するという特権的な立場にあり,そのくせ一般人を代表しているかのような報道をするのは,ともすれば世論を誘導しているかのように感じていたからだ.それに対し,近年SNSなどの普及により,一般人でも情報を発信できるようになったことは,情報発信が特権的なものでなくなったという意味で,基本的に肯定的に感じていた.

 だが,ここで指摘しているのは,従来の大手マスメディアは視聴者獲得競争の結果,比較的穏健な政治傾向に均衡してきたのに対し,ネットメディアは発信のコストが少なく,少数の読者を獲得できれば十分なため,大手との競合を避けた層を狙い,結果として強い主張がされがちだということだ.

 これは注意しておくべきことだろう.ネットメディアは従来のマスメディアが報道しない角度から情報を発信するという利点はあるものの,その過激な主張を鵜呑みにすることは思想的な偏りが生じかねない.もともとネットの情報を信用しすぎるなという論調はよく聞くものではある.結局のところ,我々ネットメディアの利用者に求められているのは,その主張の反対派の意見を意識的に見る,広範に情報を収集するなどして,より賢くネットメディアと付き合っていくということだろう.

 

 この問題が深刻なのは,自由と民主主義が矛盾する構図になっていることである.ネット上で自由な言論活動を許せば,社会の分断が起こり民主主義が機能不全を起こす.では自由を制限するのか? しかし,言論の自由と民主主義は本来互いに強めあうものだったはずである.自由な言論あってこそ民主主義であり,民主主義は自由を励ますものだった.その自由と民主主義が矛盾するとすればどうすればよいのか.(後略)(p.79-80) 

  引用の文中において,冒頭の「この問題」とは,自由な言論によって引き起こされる社会の分断のことを指している.また,民主主義については,社会の分断(分極化)が進みすぎると,①議論によって政策案を改善していくという努力が放棄されること,②相手の言うことが理解できないため,民主的意思決定自体に疑念を持つようになること,が起こり,民主主義が機能不全になることが本書中でも指摘されている(p.37-40).

 正直,私は近年の社会の分断――トランプ大統領の登場やBrexit憲法9条の問題――を見て,民主主義にも限界が来ているのではと疑念に思っていた.ネット上では,「自由な言論」の大義名分のもとに罵倒と中傷の議論が繰り返されている.この生産的ではない議論の中で世論が形成してしまうのではないか,ともすればこれがいわゆる衆愚政治へ繋がってしまうのではないかと危惧したからだ.
 当然ながら,独裁を肯定するつもりも全くない.しかし,何か新しい政治システムが必要なのではと思っていた.

 だが,本書が示したのは,ネットでは過激な意見が閲覧されやすいだけであり,ネットの世論が真の世論と思ってはいけないということ,そしてむしろ人々の意見はネットの利用によって穏健化しているという事実だ.本書はネット利用のみならず,民主主義にとっても希望となるものだと思った.

 

(前略)人間は一方的な情報には警戒心をいだき,やすやすとはのらない.自分の意見と反対側の意見を並列して比べ,そのうえで自分で考えて納得した時にだけ人は意見を変える.(後略)(p.190-191) 

 個人的になるほどと思った箇所.参考として紹介されていた米国での実証実験の結果に関する記述である.実験では,賛成・反対の一方的な情報を聞くよりも,両側の意見を聞いた場合にのみ意見に変化が生じ,穏健化したことが明らかになったという.

 本書の趣旨とは関係のないところではあるが,他人に何か話をして,自分の意見に同意をしてもらいたいとき,反対の意見として考えられる事項にも言及することの重要性を示していると感じた.一方の側の情報のみを与えても人々は心理的に反発をしてしまうものであり,賛成・反対の両意見を踏まえた上での主張が最も他人の考えを動かす.これは意識して実践していきたいと思った.