このくにのかたち(物理)

まちづくりやインフラの観点から日本について考察したい人間の雑記

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【読書録】日本の地方政府 1700自治体の実態と課題

はじめに

当たり前のようだが,日本の行政は中央政府地方自治体から成り立っている.

おおよそのイメージとして,中央政府(国)が国家全体の政策を決め,地方自治体(都道府県・市町村)は各地域で個別に政策を実行している,というような認識が一般的だろう.

だが,金銭や制度の面でどのような関係性となっているのか,また組織の性格としてどのような違いがあるのか,正確に理解している方は多くはないのではないだろうか.

そこで今回手に取ったのがこの本.

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)

 

 

概要

要約

地方政府(地方自治体/地方公共団体)は,支出において国の2.5倍,人員において4.7倍の規模であり,あらゆる人の生活は,地方政府の活動によって支えられている.しかし,地方政府は,一方では国からの影響を,他方では地域の社会や経済からの影響を受ける複雑な構造であり,また,多様性に富んでいるため,理解するのが難しい.地方政府を理解するため,「政治制度」「中央・地方関係」「地域社会・経済の関係」の3つの観点から現代日本の地方政府の実態を描き出す.

目次

序 章 地方政府の姿――都道府県・市町村とは

第1章 首長と議会――地方政治の構造

第2章 行政と住民――変貌し続ける公共サービス

第3章 地域社会と経済――流動的な住民の共通利益

第4章 地方政府間の関係――進む集約化,緊密な連携

第5章 中央政府との関係――国家との新たな接続とは

終 章 日本の地方政府はどこに向かうか

 

得られた知識

本を読んで知った知識です.備忘録として.

税財政制度

・地方政府の税収は40兆円弱だが,歳入は国からの大規模な財政移転が行われている(約30兆円).そのため,歳出の総額は71.3兆円ほど.(国の歳出は45.2兆円)

・財政移転は,地方交付税補助金の二本立てになっている.地方交付税は使途に制限がなく,補助金は使途が限定されている.

都道府県の役割

1.国の政策を実施する機関の役割

2.市町村よりも広域を所管する地方政府の役割(広域事務)

3.市町村を指導し助ける役割(連絡調整事務・補完事務)

中央政府と地方政府の関係

1.地方政府の政治・行政に不足がある場合,中央政府がそれを補完・代行する.

2.中央政府の政策の実施を,地方政府に委任する.

3.政策で利益を受ける地域と負担を背負う地域の間にズレがあり,調整を行う場合.

 

感想

著者の主観は控えめに,多数の引用を用いながら淡々とした語り口で,教科書的に地方政府の実態を網羅している.非常に勉強になった.

以下,特に印象的だった箇所を紹介する.

企画部門は「ホッチキス部門」?

 一九六〇年代に入ると,五ヵ年計画や長期計画などの計画を立案したうえで,行政を展開する傾向が強まった.(中略)そうしたなかで,長期計画の策定にあたる企画部門が成立していく.首長のトップ・マネジメントも企画部門を通じて実施されることが期待された.

 しかし,それが実現したとは言いがたい.計画の策定自体が自己目的化しがちだったからだ.理念から実現手段までの明確な構想がない限り,トップダウンで計画を立案し,詳細化・具体化していくことは容易ではない.企画部門は,「ホッチキス部門」と揶揄され,ボトムアップで各部署が出してきた計画を束ねる存在に終わることも多い.(第2章,p.68)

 理想的な姿は,明確な長期計画を策定し,それに則って各事業部署で施策が実施されていくことだろうが,実際はそうは動かない.私見ではあるが,たいてい,企画部門と事業を実施する部署は分かれているので,まず調整を取ることに一つハードルがある.各部署の事業内容を詳細に把握し,綿密に調整を取れるような相当優秀な人員が企画部門にでもいない限り,理想的な姿を実現するのは難しいというところだろうか.

 今まさに人口減少社会の入り口に立ち,一つの転換期を迎えようとしている.この中で地方政府は,地域はどうあるべきか,どのように施策の舵取りをすればよいか,その地域の特色を出した明確な計画を策定し,それを実行していくことが必要になってくる.計画の実行については,本書では政策法務(条例の制定など)により政策形成を図る動きも紹介されている.まず計画が明確な方向性をもって策定されているか,そして策定の後にしっかりと実施されていく仕組みづくりができているか,その2点を考えることが計画が自己目的化しないようにするうえで重要だといえるだろう.

規制の弱い都市計画とコンパクト・シティ

 開発政策と福祉政策の双方で大きな役割を果たすのは,日本の地方政府の政策の特徴といえる.しかし裏面で,他国では地方政府の政策の中心であるのに,日本ではそうでもない政策もある.都市計画やまちづくりがそれであった.(第3章,p.123) 

 日本の都市計画の特徴は,規制の緩やかさである.区域指定や地域指定の内容があまり詳細ではなく,細かな規制をかけにくい.このため,開発を抑制すべき区域内で実際には開発行為が進むことも多い.市街化調整区域でも種々の抜け穴があり,開発がなし崩し的に進む.(第3章,p.132)

 縮小が進むなかで,安全性の高い地域だけを高度利用することはたしかに望ましいだろう.しかしそれには,危険性の高い土地の利用を禁止するとともに,土地の保有コストを高め,空き家やシャッター商店街を解消する施策をセットにする必要がある.このような土地所有者の利益に合わない選択を首長や地方議員が行うことは難しいだろう.現在の日本の地方政府の一つの帰結が,現在の日本の街並みなのである.(第3章,p.133) 

 日本の都市計画は他国と比べて規制が弱いというのは,よく言われる話である.これは,土地所有者の経済的利益を重視し,土地の無秩序な利用による社会への負の外部性の影響を軽視してきた結果であろう.一方で,人口減少の時代では,コンパクトなまちづくりが望まれ,その実現のためには規制の弱いこの都市計画制度にメスを入れる必要性は高まっている.

 だが,本書では,首長や地方議員がそれを実行するのは難しいとしている.それでも果敢にこの問題に取り組む首長等が現れるのか? あるいは国からトップダウン的に働きかけるのか? いずれにせよ,土地所有者からの反発を呼びかねないこの苦しい選択に取り組んでいった地方政府こそが,次世代のコンパクトなまちづくりを達成できるのではないだろうか?

東京/三大都市圏とそれ以外の地域での対立

 第3章から第5章で示した問題は,つまるところ,地域間の対立軸が東京とそれ以外,あるいは三大都市圏とそれ以外に存在しているが,東京ないし三大都市圏とそれ以外の間の利益調整や再分配をどの程度行うのかという問題を,国政で正面からとりあげていないところにある.(終章,p.239-240)

 東京一極集中などの問題を考えれば,この件は日本の在り方に関わる根深い問題だ.本書では,この問題の解決を地方での政党制の確立に求めている.地方政治が有効に機能して地域の利益を守るために声をあげなければ,東京と地方の格差は開く一方だろう.

人口の質的側面

 実際には人口という量的側面では計り知れないものが,地方政府の住民には存在する.年齢構成などはもちろんのこと,日常活動をどこで行うのかもその一つである.人口以外にも見るべき要素はいくつもあるはずだ.(終章,p.242) 

  自戒すべき点なのだが,私は何かと自治体の規模を知ろうとしたときにまず人口をチェックし,おおよその自治体の規模感をつかんで知ったような気になっていたことが往々にしてあった.人口の大小も自治体を知る一面であることに代わりはないだろうが,人口の質的側面など,それ以外の視点からも考察することを心がけたい.

 

おわりに

 地方政府の役割や,財政・制度の実情など,あいまいな理解だったものが,本書を通して多少なりとも頭の整理ができた.そして,地方政府の抱える構造上の課題というものも把握できた.人口減少の時代における今後の地方の在り方は,地方政府の施策によるところが大きいと考えており,地方政府の重要性は増してくると考えている.地方政府がこうした課題を乗り越えて,未来の地域像を描き,実現していくことを期待している.